前橋地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決 1959年8月10日
原告 株式会社 カメヤ糸店
被告 前橋税務署長
訴訟代理人 舘忠彦 外七名
主文
被告が昭和三〇年一月三一日付をもつて、原告の昭和二六年八月一日から昭和二七年七月三一日にいたる事業年度の所得金額を金二三四、四〇〇円と更正した処分を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、なお該請求が理由がないときは、右処分のうち金四三、九三九円を超える部分を取消す旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は、肩書場所において、糸類洋品などの小売業を営むものであるが、政府(被告税務署長)の承認を受け青色申告をもつて昭和二七年九月三〇日原告の昭和二六年八月一日から昭和二七年七月三一日にいたる事業年度(以下、本件年度という。)の所得金額を金四三、九三九円として法人税の確定申告をしたところ、被告は、昭和三〇年一月三一日付をもつて右所得金額を金二三四、四〇〇円と更正した。
そこで原告はこれに対して再調査の請求をしたところ、被告はこれを却下したので、原告は、さらに、関東信越国税局長に対し審査の請求をしたが、同局長もまた昭和三〇年七月一九日付をもつてこれを棄却する決定をなした。
二、しかしながら、法人税法第三二条の規定(原告が陳述した第九準備書面中に「所得税法第四五条第二項の規定」および「第四四条第七項の規定」とあるは、「法人税法第三二条の規定」の誤記と認める。)によれば、政府が、青色申告書を提出した事業年度分の所得金額を更正したときは、その通知書に更正の理由を附記しなければならないのであつて、右理由は、青色申告制度の認められた趣旨から見て、すくなくとも、申告者備付の帳簿書類の欠陥と、それを認定したより確実な根拠を指摘し、申告者に更正の理由が理解できるくらい具体的に記載することが要求されていると解すべきところ、本件更正処分の通知書においては、理由として「売上計算洩一九〇、五〇〇」と抽象的に記載されているだけであるから、いまだ、前記法条が要求する理由を附記したとはいえない。そればかりでなく、被告は、本訴において、原告備付の本件年度の帳簿書類によれば合計金二七五、〇〇〇円の売上計上もれがあると主張しているのであるから、右が本件更正処分の理由であるとするならば、当然その旨もその通知書に記載すべきだつたのにこれを記載しなかつたのであるから、本件更正処分は、その通知書に理由の附記を欠いた違法があるものとして取消をまぬかれないものである。
三、かりに、そうでないとしても、原告の本件年度の所得金額は、別表中原告主張額欄記載のとおり金四三、九三九円であるからすくなくとも本件更正処分のうち右所得金額を超える部分は違法として取消をまぬかれないものである。
と述べ、被告主張の抗弁事実に対して、原告が本件年度中被告主張のとおりの帳簿組織を採用していたこと、各人別売上カード(以下、単に伝票という。)記載の金額が入出金振替伝票(以下単に伝票という)記載の金額より合計額において、金三一一、〇〇〇円すくないこと、原告は、本件年度中被告主張のとおり日々金、二、〇〇〇円の積立預金をなし、同年度中にその合計額が金四八四、〇〇〇円に達したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。右金三一一、〇〇〇円の開差額は、原告の善意による同額の売上計もれを伝票に計上して修正したものであつて、被告主張のように、原告の故意による売上計上もれにより生じた帳簿書類上の支払超過をおぎなうため適宜に修正したものではない。被告主張の抗弁事実中(一)の金四八四、〇〇〇円は、すべて原告の売上高を表示する伝票記載の金額から積み立てられたものであり、現金保管の便宜的方法として有り合わせの代表者個人名義の預金通帳を使用したにすぎず、それも本件年度中二九回にわたりその全額の払戻を受けて原告名義の預金口座に預け入れたからいずれにしても売上計上もれにはならない。同(四)の金四八、〇〇〇円は、すべて代表者および従業員に対する現物給与として処理し、その額が売上に計上されたことは勿論、右は、すべて別表中原告主張欄の給料中に含まれているものである、と述べた。被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求の原因第一項記載の事実は、全部認める。同第二項中、本件更正処分の通知書に理由として「売上計算洩一九〇、五〇〇」とのみ記載したこと、同第三項中、原告の本件年度の所得金額(当期利益)および商品売上高を除く原告の本件年度の収支計算が別表中原告主張額欄記載のとおりであることはいずれも認め、その余を争う。法人税法第三二条の規定により更正処分の通知書に附記すべき理由は、申告された所得金額の計算内容の誤を、申告者において是正し得る程度、すなわち、その算定の基礎となつた損益計算書の表示科目と金額を示せば充分であつて、原告主張のように、その認定の根拠まで記載する必要はない。したがつて、前記のとおり「売上計算洩一九〇、五〇〇」と理由を附記してなした本件更正処分には、原告主張のような違法はない、と述べ、
抗弁として、被告の係官が調査したところによれば、原告備付の本件年度の帳簿書類によれば合計金二七五、〇〇〇円の売上計上もれがあり、これを原告主張の商品売上高に加算し、かつ別表中被告主張額欄記載のとおり計算すれば、原告の本件年度の所得金額(当期利益)は、金三一八、九三九円二三銭であるから、右金額の範囲内でなされた本件更正処分には原告主張のような違法はない。すなわち、原告は、その商品売上額をカードによつて明らかにすると同時に、これにもとづき伝票を作成し、さらに、この伝票から主要簿に転記する帳簿組織を採用しているから、カードと伝票に記載された金額は当然一致すべきであるのに両者を対比すると、カード記載の金額は、伝票記載の金額より合計額において金三一一、〇〇〇円すくなく右のように記載金額が一致しないカードと伝票を個別的に対照して検討すると、その開差額は、いずれも金一〇、〇〇〇円又は金二〇、〇〇〇円というように原告のごとき業態の取引には実際上あり得ない数字であり、また、伝票に「11,505円50銭」と記載された数字をほしいままに「21,505円50銭」と改変したものもあり、結局右金三一一、〇〇〇円の開差額は、原告の故意による売上計上もれによつて生じたその備付帳簿書類上の支払超過を補充するため、便宜に伝票を修正したにすぎず、正確に売上計上もれを修正したものと見ることができない。そして、このように帳簿書類の記載が不正確である結果売上計上もれと推認できるものをあげればつぎのとおりであつて、その合計額は金二七五、〇〇〇円である。
(一) 金一七三、〇〇〇円
原告は、本件年度中その代表者個人の名義において、日々金二、〇〇〇円の積立預金をなし、その合計額は、金四八四、〇〇〇円に達したものであるが、右金額については、原告備付の現金出納帳上その出所が不明のものであるから、前記のように伝票の修正に要した金三一一、〇〇〇円が右金額によつてまかなわれたとしても、なお、その差額金一七三、〇〇〇円は、売上計上もれと推認すべきものである。そして、右全額が原告名義の預金に振り替えられたとしても、帳簿上売上金として計上されないかぎり原告の資産は増加しないから、それが売上計上もれであることにかわりはない。
(二) 金四〇、〇〇〇円
原告備付の現金出納帳上右金額は、原告代表者個人からの借入金として記帳処理されているが、記録として伝票一枚があるほか貸借補助簿にはなんらの記録がなく、原告代表者もこれにつき合理的説明をなし得ないものである。右は、結局記帳不正確による帳簿上の支払超過を修正するため適宜計上もれ売上額を補充した架空借入金であつて、同額の売上計上もれありと推認すべきものである。
(三) 金一四、〇〇〇円
売上額の計上は、いわゆる発生主義によるべきであるにかかわらず、原告備付の売掛金補助簿によれば、右金額に相当する取引の記載があり売掛金債権が発生したのに貸借対照表資産の部に売掛金としての記載がなく、したがつて、売上計上もれと目すべきものである。
(四) 金四八、〇〇〇円
原告備付の昭和二九年八月一日から昭和三〇年一二月三〇日にいたる間の売掛金補助簿の記載によれば、原告は月平均金四、〇〇〇円に相当する商品を自家用消費と名づけて、その代表者らにおいて有償消費した旨の記載があるのに本件年度においては、その旨記載がない。したがつて、同年度中も月額金四、〇〇〇円の商品が自家用消費に供され、その合計額金四八、〇〇〇円が売上計上もれと推認すべきである。
と述べた。
証拠<省略>
理由
一、請求の原因第一項記載の事実全部および同第二項中本件更正処分の通知書に理由として「売上計上洩一九〇、五〇〇」とのみ記載されていることは、いずれも、当事者間に争いがない。
二、 そこで、まず、本件更正処分の通知書に右のように理由として「売上計上洩一九〇、五〇〇」と記載しただけで、法人税法第三二条の規定にいわゆる理由附記の要件を充足したといえるかどうかについて考えるに、法人税法第二五条、第三一条の四第一項、第三二条、同法施行細則第一二条ないし第一九条の各規定によれば、結局青色申告書の提出をもつてする法人税の申告は、政府が、当該法人においてその各事業年度の所得および清算所得の計算に関して命令の定める帳簿書類を備え付け、かつ、これに一切の取引を複式簿記の原則にしたがい整然かつ、明りように記録し、その記録にもとづき決算を行うことを要件として承認した場合のみ許され、また、政府がなす、青色由告書を提出することができる法人の青色申告書を提出した事業年度分の所得金額の更正処分は、その備付帳簿書類を調査した結果所得金額の計算に誤があると認められる場合に限り許され、かつ、その更正処分の通知書にはその理由を附記しなければならないのであるから、右の理由附記は、申告法人が前記のとおりの厳格な帳簿書類の整備、記録、決算の代償として与えられる租税特恵ともいうべきものである。されば前記法条は、単なる訓示規定と解すべきではない。したがつて、政府が当該法人に対する青色申告書提出の承認を維持する限り、その更正処分にあたつては、その通知書に備付書類帳簿のいかなる点にどのような不備欠点があつて、かく更正せらるべきであるとする理由を右帳簿書類にもとづき又はこれよりさらに確実な資料を摘示して納税者に理解できる程度に具体的に記載するを要すると解すべきである。そうすると、更正処分の理由として、単に抽象的に「売上計上洩一九〇、五〇〇」と記載した本件更正処分は、それだけでは、いかなる記帳にどのような誤りがあるため課税標準が申告にしたがい得ないのであるか、またいかなる資料によつてこれを更正したかが不明であるから、法人税法第三二条の要件を充足したものとはいえない。以上のとおりとすれば、本件更正処分は、爾余の点についての判断をまつまでもなく違法として取消をまぬかれないものである。
三、よつて、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 水野正男 原島克己 荒木秀一)
損益対照表<省略>